中山間の棚田で紡ぐ、卵と米の美味しい関わり
点々の卵を美味しくいただくレシピとして、わたしたちはシンプルにいただく卵かけご飯をおすすめしています。ほかほかのご飯に卵を落とし、醤油をひとたらし。小さなお椀の中で、かき混ぜ、かき込む。日本の朝食を象徴する料理です。
点々の卵と一緒に食べていただきたい新米「あきたこまち」と醤油をセットにした「点々の新米卵かけご飯セット」を新しくご用意しました。
このお米は、知社集落でのびのびと育った鶏の鶏糞と、豊かな自然に育ちました。
養鶏から始まる資源循環と風景づくりを掲げるわたしたちにとって、昔からこの土地の風景をつくってこられた農家の方々はその先駆者であり継承者です。その一人として、岡山県西粟倉村の棚田で米づくりに取り組む高木宣美さんにお話を伺いました。
鶏糞を田にすき込み、土がつくられる
青い空と深い緑の山々に抱かれた西粟倉村の知社地区。夏の日差しを浴びて青々と育つ稲が、風にそよいでいます。
「良い米は、良い土から。」高木さんの米づくりの根幹には、シンプルな哲学があります。
そして、そのこだわりは「量より質」という言葉に集約されます。 「たくさん米を、取るのは取りたいんやけど。量は少なくても、おいしくて綺麗な米をつくりたいわな。」
その想いを実現するため、高木さんは土壌の質を徹底的に追求。食味計で測ると、高木さんのつくる「あきたこまち」は88〜89点という高評価を叩き出します。これは、粘り気が強く高得点が出やすいコシヒカリと比べても遜色のない、継続と努力によるスコアです。
「あきたこまちでそこまで行くって、なかなか無いな。」そう言ってはにかむ笑顔に、長年の経験に裏打ちされた自信が覗きます。

その「良い土」をつくるために欠かせないのが、鶏糞や牛糞です。
「鶏糞は米の成長に必要な栄養素をバランス良く含んどるけんね。」高木さんは、この自然の恵みを活かすことで、力強い土壌をつくり上げてきました。自然の恵みである鶏糞ですが、その活用は決して簡単ではありません。特に課題となるのが田んぼへのすき込みの手間です。
高木さんが管理する田んぼは、中山間地域特有の小さな区画がほとんど。大型機械が入りにくく、鶏糞や牛糞を均一に撒くのは手間がかかります。そのため多くの農家は、散布しやすいペレット状の堆肥を選ぶようになってきているという現状も話してくれました。
「多少高くても、手間賃考えたらそっちの方がええ。」それが農家のリアルな判断です。
それでも今回、点々との取り組みでは、そのうち1枚の田んぼにわたしたちの養鶏のプロセスで発生する鶏糞を使用していただきました。
それは、未利用資源を配合した飼料を鶏に与えるところから始まる地域に根ざした養鶏の新しい挑戦。そして、より自然に近い形で米づくりに生き物や大地の力を借りたいという想いの表れでもあります。
羽田は鶏舎を建てる前から高木さんに養鶏事業の話を通して、鶏糞の利用可能性について相談していました。地域の新しい挑戦を、「ええことやな。応援するけん、せえや。」と二つ返事で快く受け入れました。高木さんの懐の深さのおかげで、循環をつくり出す取り組みに着手できることになりました。
まずは、この1枚の田んぼから。そしていずれは堆肥場をつくり、より安定した鶏糞を地域へ還元していく仕組みをつくっていきたいと考えています。

清流と昼夜の寒暖差に、米は育まれる
「昼と夜の温度差が大きいと、ええ味になる」
西粟倉村の米のおいしさの理由のひとつに、昼夜の寒暖差があります。昼の光合成でつくったでんぷんを、夜の涼しさで稲がじっくりと蓄える。この継続が、お米の甘みと旨みを深くするのです。西粟倉の夏は日中こそ気温が上がりますが、夜になると山から涼しい風が吹き下ろし、稲を休ませるのに最適な環境が生まれます。
そして、このお米を育てるのは、西粟倉の混じり気のない源流水。村は鳥取県との県境に位置し、一級河川・吉井川につながる知社川の最初の一滴が染み出す源流域にあたります。生活排水が流れ込むことのない清らかな水が、田んぼ一枚一枚に流れ込みます。
わたしたちの鶏も同じ養鶏場の隣を流れる源流水を飲んで卵を産んでいます。知社川にはオオサンショウウオや川魚が住んでいます。透明度が高くキリッと冷たく、卵にとっても、お米にとってもおいしさの秘訣です。

世代を超えて繋ぐ、棚田と循環の未来
お話を伺う中で、高木さんはご自身の来歴を訥々と語ってくれました。幼い頃に父を亡くし、子どもながらに母と共に牛で田を耕したこと。高校卒業後、役場に37年間勤め上げながらも自分の田んぼを営み、55歳で早期退職して専業米農家になったこと。
「ようせんなった言う人の田んぼを預かってね。」
高木さんは担い手がいなくなった地域の田んぼを「うちのもつくってくれや」と託され、守り続けてきました。その面積は、当初の10倍以上である4町7反(約4.7ha)、数で言うと44枚にまで広がりました。
いつまで米づくりを続けるのですか?という問いに、「ようできても80歳だろうな」と笑います。
後継者不足という問題は、この村に限らず多くの中山間地に存在しています。この地区においても、複数の農家さんがお米を栽培していますが、その多くが65歳以上の方々です。西粟倉のこの風景は、長年米づくりを続けてこられた方々によって支えられています。
そんな中、わたしたちの養鶏事業を応援し、わたしたちの鶏糞を使ってくださることは、本当に嬉しいことでした。高木さんが牛と共に耕した時代の前から、何世代にもわたって受け継がれてきた西粟倉の美しい棚田。そこで育まれる鶏とお米の関係に新しいきっかけをつくれたことに喜びと責任を感じています。

最後に、質問をしてみました。
「高木さんがこのあきたこまちを食べる時に、一番おすすめの食べ方はありますか?」農家ならではのコメントを引き出したい羽田の思惑に対して、高木さんはひとこと。
「別にないですよ。」そっけないようでいて、どこか楽しそうな一言。
特別な食べ方などなくても、炊き立てがいちばん美味い。毎日食べる当たり前のものだからこそ、気負わず、しかし実直に向き合う。ちゃめっ気のある回答に、高木さんの人柄と米づくりへの思いが凝縮されているようでした。
まずは、ほかほかの炊きたてご飯で。そして次に、わたしたちの点々の卵を落として。ぜひ里山からの食の便りをお楽しみください。
